国際交流よりも国内交流を、国内交流よりも人格内交流を

先日ある官庁が主催する国際交流事業の選考のために最終選考を兼ねた事前合宿に参加してきた。

39人という、自分で言うのも何だが少数精鋭なチームだった。

5泊6日の合宿、一人ひとりの能力はとても高く、参加していて寝るのも惜しいくらいに楽しかった。

 

そう、全体では参加して本当に良かったと思っている。
しかしいくつか疑問に思う点もできたのであえて書き表しておきたい。かなり殴り書きだけど。

 

  • お伺い主義

階級のないフラットな39人が集まったものだから会社の上司のように全員の合意は取れていなくても半ば強制的に進めていく人が育たない。だから自己紹介本や名刺など必要な物品制作のために色んな係決めをしたのに、全員の合意を取るためにいちいち全員で多数決を取り、20%の反対意見を80%の時間を費やし癒やそうとする。

社会人経験を少しは経てきたからか、このプロセスはとても時間を浪費し、かつ費用対効果の少ない時間だったと思う。いや、社会人経験を経ていなくても辟易としていたかもしれない。

 

事業概要の説明の際、壮行会でのかつての事業参加者が壇上に立ち挨拶をする時、事業終了後の活動組織紹介の説明をする時、、

必ず主催官庁の名前が出てくる。いかにも由緒正しい事業だと言わんばかりに、だから社会的地位も高いものだと言わんばかりに。

またこの事業は歴史が長く、かつて皇族が僕らと同じように事業に参加していた過去がある。それは素晴らしいことかもしれない。

でもその皇族と同じ代で事業に参加していた人たちは必ずその皇族の方のエピソードを交え当時を振り返る。何だ、あんたらの思い出はその皇族と一緒に事業に参加しただけか、と言いそうになる。

もっと自分オリジナルな経験を語るべきだと思うのに。僕の年の功が足りないだけなのだろうか。

 

  • 本物の日本代表はここには少ない

研修中とやかく僕たちは日本代表と言われた。僕たちの中でも日本代表なんだ、と意気込む気持ちはあるんだと思う。僕たちの代表団の先頭の人はナショナルリーダーなんて呼ばれる立場。

でも本当の日本代表ってこんなところにいるのだろうか、とよく考えてしまう。

確かに僕らは日の丸を背負って旅立つ、しかし何も専門性を持ち合わせていない人たちの集まりだ。サッカー日本代表でも何でもない。本当の日本代表はここにはいないとよく考えてしまう。

 

  • 自己負担の謎

よく研修中に言われたのが、僕が参加するこの事業には6億円の税金が投入されるのだという。きっと僕らはたくさんの人たちから愛され余計なことを考えずに自分のやりたいことに邁進して育ってきた贅沢な人間たちの集まりなんだろう。

事業中には国際交流事業と言われるだけに踊りなどの出し物、民族衣装を着るなど衣装替えが頻発する。また複数の外国を回るのでお土産も必要だったりする。それらは結構僕らが自腹を払うことが多い。

別に無駄使いをするわけではない。研修中もいてもいなくてもいいような官庁の職員が何人も後ろに座っていた。そんな人たちにも給料は支給されるし、この事業も何かとムダが多かったように思う。

そんな巧妙な無駄使いの税金の垂れ流しがあるのに僕らは十数万円を自己負担し、民間外交に勤しむのだろう。

 

  • 踏襲されない過去 過去<参加者の学び

とにかく人材育成事業だからなのか、自分たちで考え、議論し、形にしていく時間がとても多い。だから議論が紛糾することもあり、時間がどんどん流れていく状況もある。何よりこれから経験する予定の交流プログラムが全て講義形式で口頭で伝えられていく。正直何十年も続いているのだからビデオ一本見せたら全体の理解度の底上げになるだろうにそれはしない。僕にとって時間がもったいなく感じる瞬間だった。

 

 

批判終わり